20世紀初頭の中東とアジアの植民地主義と影響

20世紀初頭の中東とアジアの植民地主義と影響

  • 2023年11月2日
  • 2023年12月10日
  • 歴史

この記事の概要

20世紀初頭の中東とアジアの植民地主義と影響の歴史に焦点を当て、イギリスと日本が中東と満州国において行った植民地主義的な行動について説明しています。また、国際的な反応や評価についても触れられています。


フサインと中東の政治的変化

フサインは最初に聞いていた話と違っていました。アラブ全体が「わしのものになる」と思ってたのに、実際は、イラクとヨルダンがイギリスによって、シリアはフランスによって預かられてしまったのです。
当然フサインは、「ふざけんな!」と思います。ちょうどその頃、サウード家が挙兵して「ふざけてんのお前の方だ!なぜ異教徒と手を組んだのか」と。サウード家が、聖地メッカに攻め込んでくるで、あっけなくフサインは負けてしまいます。
イギリスは「フサインさん、もう諦めなさい」と言って最後は助けないのです。フサインをイギリス軍艦が保護して、キプロス島方面に移住させて、フサイン=マクマホン協定はなかった事になりました。
その後、フサインの息子たちが、サウード家と戦うのです。フサインには、息子が2人います。兄はアブトラ王子で弟がファイナル王子です。しかしながら、彼らは、実力がなかったので、結局サウード家に負けて追い詰められていくのです。
その時に、またイギリスが「お困りですか?助けますから」と言って、まず兄のアブドラ王子に、この様に話しています。「イギリスが支配する地域であるトランス・ヨルダンの王様になっていただきます。その代わりにイギリス軍の駐留は認めてください」と。
弟のファイナル王子様に対しては、「イラクの王様になってもらいます。その代わり、イギリス軍の駐留は認めてください」ということで、でこの2人の王子はもう他 に方法がないため、この提案に乗ったのです。それによって、イラク王国とヨルダン王国が誕生しました。
一方サウード家は、南側を統一し、これが現在のサウジアラビアになります。サウジアラビアとは、「サウード家のアラビア」と言います。今でもサウジアラビアの王族はサウード家です。
ヨルダンの王様は今でもハシーム家です。現在はアブドラ2世です。ヨルダンの国名が、現在ヨルダン・ハシミテ王国と言います。ハシミテとは、ハシーム家という意味です。
イラクは、ファイサル王子の一族です。ここもハーシム家が治めていましたが、後の革命で倒されてしまいました。

イギリスとアラブの関係

ちょうどこの頃からイラクで油田開発が始まりました。当然アラブ人は油田を掘る技術がないので、イギリスが手助けするという名目でイギリスの石油メーカーが入ってきます。そこで、イギリスは、アラブの王様たちと契約を結んで油田をどんどん掘って、利益はこの王族たちとイギリスが山分けしたのです。
サウジアラビアの地域はほとんど砂漠です。何も産業がなく、サウード家は困っていました。イギリスはハシーム家側なので「どうしようか」と思っていた時に、イブン・サウードについたのが、アメリカのロックフェラーでした。

サウード家と石油産業

スタンダード石油が入って来て、「サウード様、ここ掘ってみましょう」と言って、砂漠をガンガン掘ったら、出るは出るわ油田がでて来ました。たちまち貧しかったサウード家が大金持ちになったのです。
その理由で、サウジアラビアは、アメリカとべったりなのです。イラクとヨルダンは、イギリスとべったりです。残ったこの地域パレスチナは、ユダヤ人を持ってくる話になりました。

パレスチナ問題の起源

イギリスの外務大臣のバルフォアが、イギリスのロスチャイルド家に書簡を送りました。これが有名なバルフォア宣言です。
1917年11月2日にこの宣言では、第一次世界大戦後にパレスチナにユダヤ人の国家を建設することに同意し、その支援を約束しています。
バルフォア宣言では、大英帝国は「パレスチナにおけるユダヤ人のナショナルホーム」と書いてあります。「民族的な故郷の建設に全面的に協力します」と。
イギリス政府は、ロスチャイルドからお金をもらって、ドイツ軍と戦い、ユダヤ人は、パレスチナに建国を認められたということです。

傀儡政権の成立

パレスチナ問題の始まりは、イギリスが行った中東政策が原因です。オスマン帝国からアラブを切り離して、独立 国家にしたのは事実ですがそれはイギリス軍が駐留し、イギリスが地下資源をすべて抑えるという前提条件で名前だけの独立をアラブに認めたという事です。
名前は独立国家でも、実際は外国の軍隊が駐留し、その国の言いなりになっている国のことを「傀儡政権」と言います。傀儡政権傀儡とは、操り人形ということです。英語では”puppet state”と言います。
これをイギリスが中東で傀儡政権をつくって好きな様に操作していたのです。クウェート、バーレーン、オマーン、アラブ諸国家がたくさんありますが、すべてイギリスがつくった傀儡政権なのです。

日本の満州侵略と国際的反応

これが1920年代です。少し遅れて30年代に同じことを行った国が大日本帝国です。中華民国から満州を切り離して満州国家をつくるために軍事行動をしました。
清朝最後の皇帝の溥儀(ふぎ)を擁して独立国家としました。これが満州国です。同時に満州国の防衛は、日本軍が担う事になりました。その軍が関東軍です。
満州国の地下資源は、日本企業が採掘する事になりました。イギリスが行った方法からしてみれば、満州国は、日本の傀儡国家なのです。
イギリスが中東で行ってきたことと全く同じことを日本がした事に対して、日本の侵略を非難するのであれば、イギリスの中東侵略を避難すべきです。
国際連盟からリットン調査団が派遣され満州における調査の結果、日本の侵略行為を認めたレポートを作りました。リットン調査団の団長、リットンは、イギリス人です。リットンは、先ず、中東を調査すべきだったのです。

UR L<https://www.youtube.com/watch?v=kg2fKwUgzNo>アクセス日:2023年10月20日

まとめ

この文章は20世紀初頭の中東とアジアの歴史において、植民地主義的な行動とその影響に焦点を当てています。フサインと中東の政治的変化、イギリスのアラブへの介入、サウード家と石油産業、パレスチナ問題の起源、傀儡政権の成立、そして日本の満州侵略とその国際的な反応が取り上げられています。これらの出来事と政策は、20世紀の歴史において中東とアジアの地域に重要な影響を与えた出来事であり、国際的な関係や政治的な力学を理解する上で重要な要素です。


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