秀真伝(ホツマツタエ)は天照大神が男神である

秀真伝(ホツマツタエ)は天照大神が男神である

秀真伝(ホツマツタエ)は天照大神が男神である の記事の要約

秀真伝(ホツマツタエ)は天照大神が男神である ことが述べられています。藤原不比等が、女神として位置付けたという説と邪馬台国の卑弥呼がイメージしたという説がありますが男の神様として太陽神が考えられていたことは事実だったのです。秀真伝の中で、一貫して天照大御神が男の神として描かれているのです。


1. 秀真伝(ホツマツタエ)

日本には、日本の超古代史や古史古伝などの古事記や日本書紀とは全く異なる内容の歴史書と古文書がいくつか存在しています。

学会やアカデミズムからするとこれは偽書であるとされています。残念ながら本当の歴史書ではないと否定されているのです。

秀真伝を実際に読んでみると古事記・日本書紀の表の歴史ではなく裏の歴史が垣間見えてくるのです。秀真伝(ホツマツタエ)の字は大変難しいものです。

おそらく語源は、東(あずま)と言われています。秀真とあずまは、同じような意味合いで使われていたと考えられています。

古史・古伝というのは、往往にして、神代文字で書かれています。漢字仮名交じりではありません。秀真文字は、オシテなる文字であり、秀真伝と兄弟文と言われるミカサフミにも共通に使われています。江戸時代の文献にもよく出てくる神代文字なのです。

この文字の期限を遡るのは非常に難しいのですが、江戸時代の復興神道家は神社の秘教を伝えるような人たちの間では知られていました。

原文は秀真(ホツマ)文字とよばれる神代文字で書かれ、天(あ)、地(わ)、人(や)の三巻からなっています。


2. 滋賀県の研究会

秀真文字とその内容を漢字で解説した文書があります。滋賀県に研究会です。こちらの方で原文を保管しています。1992年に神社の倉庫から見つかった文書がありました。

この文書は滋賀県の安曇川近くの田中神社の境内社である三尾神社に伝存していました。

基本的に50音に対応していて、子音と母音の形が決まっていて、組み合わせがマトリックスでこのようになっています。

ホツマ伝え原文はホツマ文字(ヲシテ文字とも云う)で書かれています。ホツマ文字は、 ひらがな、カタカナでもありません。

ひらがな、カタカナの原語と言われている図象古文字です。古来より日本には、漢字が伝来する前に、固有の文字として大和言葉と言われる図象古文字のホツマ文字が存在していました。

これが日本語の起源となっています。アカデミズムでは、いわゆるこの常識を否定しています。漢字が入ってくる以前は、日本には言語が存在しなかったとされています。そのため、図象古代文字に対する研究は意味がないと考えています。これはアカデミズムの常識の方に誤りがあるのです。

本当の日本の歴史を隠している組織にとって、真実が邪魔なのでしょう。


3. 漢字渡来以前の文字

平安時代に成立した『古語拾遺』(こごしゅうい)は、平安時代の神道資料です。 官人であった斎部 広成(いんべ の ひろなり)が大同2年(807年)に編纂しました。その中で、日本には字がなかったと説明されています。

これが一般化・定説化してしまい、漢字が大陸からもたらせる以前は日本には文字がなかったとされてしまいました。


4. 秀真文字

しかしながら、実際には神代文字が縄文時代からあったと主張する超古代史研究家の方が、多くいるのです。基本的に秀真伝文字は表音文字です。象形文字とは違います。組み合わせとしてはローマ字に近いものがあります。母音の「あいうえお」があり、マトリックス構造になっています。

最近は文字自体にスピリチャル・パワーがあると言われ、スピリチャルな部門では、たくさん表に出てくるようになってきました。

秀真伝(ホツマツタエ)はフトマニという占いに使った図形があります。基本的に神様の名前を象徴しています。

これが結構書籍などで取り扱われていて、何冊か出版されています。これは意味があっての円形なのでしょうか。この世の始まりに現れた神様の名前を一文字ずつ象徴しているというのです。


5. 神話の神々

元々は一人の神様がいて次に8人の神様が現れたのです。秀真の中の神話です。古事記・日本書紀ではないのです。秀真独特な神話体系を反映しています。ある種の神様の曼荼羅なようなものなのです。

これが護符または霊符的な扱いでスピリチャル系の人々にとても人気があります。

秀真の神様は、古事記に出てくる神様と一致するのでしょうか。存在する神様と存在しない神様がいます。神道の神様も別名という形で一緒になる特に、一番最初に現れた神様として、古事記では天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ、あまのみなかぬしのかみ)、日本書紀では、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、秀真ではアメノミヲヤエノ神ですが基本的には皆同じなのです。

最初に現れた神様なので、同じ神様の別名であろうと位置付けられているのです。古事記・日本書紀もそうですが、同じ神様が別名で別な名前でたくさん出てきます。

歴史ではなく神話の神様といのは、色々な時代、時空を超えて、さらには親子関係を超えて出てくるというのがあります。


6. 男神・天照大御神

秀真伝は、一貫して天照大御神は、誕生のシーンからずっと、男の神様であると描かれています。日本史の常識である女神ではなく、男の神として描かれているのです。

伊勢大神には、12人の妃と瀬織津姫穂之子とあるくらいですから、一点曇りもなく、男神、男の神として語られているのです。

近畿地方における奈良時代まで遡るような古い神社の天照大御神には二文字を冠した神社がいくつかあります。これがことごとく天照大御神が主祭神なのです。全部それはニギハヤヒノミコトであり、物部氏の神様なのです。(物部氏は饒速日命(ニギハヤヒノミコ)を始祖としています)

天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくに てるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)といったとても長い名前の神です。

一番最初の天照のところを神社名にしています。奈良時代以前は、天照大御神といえばニギハヤヒのことをさしていたのではないかとも言われています。


7. 女神に変わった

それが古事記・日本書紀を編纂する時代、6世紀から7世紀、8世紀ごろには今のような形になっていたであろうと言われています。

特に藤原不比等が、女神として女の神として位置付けたという説と邪馬台国の卑弥呼がイメージしたという説です。何れにしても古代において、男の神様として太陽神が考えられていたことは事実だったのです。

男の神様の方が歴史としては辻褄(つじつま)が合うのではないでしょうか。これは邪馬台国の卑弥呼もそうななのです。魏志倭人伝に書かれている時は、「卑しい」に「呼ぶ」と書いていますがこれは、良い字ではありません。これはわざと中華思想の元に、倭人のことを見下した呼びかたでした。

元々は、卑弥呼の「ひ」は、太陽の日でした。「みこ」は、シャーマンとしての巫女だったのです。日巫女と書かれたはずです。

つまり、「太陽の巫女」、「太陽神に使える巫女」となると男の神様に対して使える巫女だったのです。

この考えでいくと秀真伝の中で、一貫して天照大御神が男の神として描かれているのは古い伝承を反映しているのです。


8. 高天ヶ原

秀真伝を研究している人にとっては、古事記よりも古いものなのです。古事記・日本書紀は、まだまだ青いといった感じです。秀真を語らずして日本のことは語れないのです。

秀真伝の中で特報的に面白いのは、高天ヶ原の概念があることです。上に神様の世界があって下に降臨してくるというのです。

もちろん天上界という概念があるのですが、もう一つ地上にも高天ヶ原があります。その場所が東北であったのです。古事記・日本書紀の舞台の地は、ほとんどが九州であり研究家によっては九州王朝という説もあるくらいです。東北など関東から北の記述は非常に少ないのです。

東北よりも北は蝦夷が住んでいるので成敗しなければならないため征夷大将軍の称号が徳川時代まで使われていました。


9. 飛騨上川

秀真伝は東北の人に愛されているのではないでしょうか。東北の勢力は、古事記・日本書紀では、末路(まつろ:なれの果て)ある民として扱われていました。それに対して、秀真伝では高天ヶ原なのですから、歴史的には敗者として封印された地方の中では秀真伝に何かが反映されているのではないでしょうか。三内丸山は大きな意味では高天ヶ原なのです。

秀真伝の中では飛騨神の国があります。日高山脈の日高に見る飛騨神の国や岩手に行くと北上川があります。北上川は元々飛騨上川と言っていたらしいのです。多賀城がある宮城県から北の東北地方を一体とした地域を飛騨神の国と昔は呼ばれていました。

ニギハヤヒノミコトというのは物部氏の祖先神で、物部氏はもともと九州にいたのですが、関東にきて最終的には東北に行くのです。その流れを反映しているのではないのかとも言われています。

人口は、縄文時代は東日本の方が断然多かったのです。地球全体が温暖化だったということもありましたが、縄文時代は狩猟採集だけではなく、食料は大規模な人々を養えるほどに整えられていました。


10. 大物主

大物主(おおものぬし:日本神話に登場する神。 大神神社の祭神、倭大物主櫛甕魂命(やまとおおものぬしくしみかたま の みこと)。『 出雲国造神賀詞』では倭大物主櫛瓺玉命)なのです。

全て和歌に書いてあります。あとは暗号として読み解くのです。これを書いたのは櫛御方命(クシミカタノミコト)です。この方は古事記に登場する人物・神の名前なのです。日本書紀に見られません。 
古事記によると大物主と活玉依毘売(イクタマヨリビメ)の間に生まれた子供となっています。櫛御方命の子供が飯肩巣見命(イヒカタスミノミコト)です。 

これはニギハヤヒです。大物主の末裔に大直禰子(おおたたねこ)が出てくるのですが、終始して物部氏のカラーです。これは、物部氏の歴史書のような気がします。

滋賀県で発見されたので、近江琵琶湖周辺の神社とか歴史というのは意外と地名が出てきます。ひょっとしたら近江に王朝があったのかもしれません。

近江王朝説があります。陰と陽で文字が分かれていたりといったことが徹頭徹尾一貫しています。この世の始まりから神様が現れたことから始まっています。混沌があり神様が現れたのです。

そこを読み解くならば宇宙論、世界観を理解できます。研究している方々の意見は一つではなくいろいろな説があります。アカデミズムの方々からは偽書として扱われています。最近では、神代文字に関しては再評価されている面もあります。

秀真とワンセットになるミカサフミはまだ出てきていなようです。まだ世に現れていない所が出てきたら、日本の歴史が変わってしまうのです。

11. 御朱印帳に隠された真の歴史

富士吉田では、日本最古の写本が見つかっていたのです。富士吉田は宮下文書や富士王朝の場所なのですが、関係があるのでしょうか。どこかの神社が秘密裏に保管している可能性もあります。

地方の神社では、御朱印帳に秀真文字で印をするところがあるらしいのですが、日本の真の歴史が秀真伝の中に存在していたことを意味するのです。


まとめ

秀真伝は、秀真(ホツマ)文字とよばれる神代文字で書かれ、天(あ)、地(わ)、人(や)の三巻からなっている

秀真伝文字は表音文字

秀真は、一貫して天照大御神は、誕生のシーンからずっと、男の神様であると描かれている

「太陽の巫女」、「太陽神に使える巫女」となると男の神様に対して使える巫女だった

秀真伝には高天ヶ原の概念がある特に、東北地方に

天照大御神が主祭神でそれはニギハヤヒノミコトであり、物部氏の神様

紹介欄

はじめてのホツマツタヱ 天の巻

秀真伝(ホツマツタエ)は天照大神が男神である

現代辞書で読み解く 真実の日本建国史・秀真伝【ホツマツタヱ】 天【あめ】の世の巻

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現代辞書で読み解く 真実の日本建国史・秀真伝【ホツマツタヱ】 神【かみ】の世の巻

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『ホツマツタヱ』を読み解く―日本の古代文字が語る縄文時代

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