日月神示と神代文字に秘められた謎

日月神示と神代文字に秘められた謎 の概要について

日月神示と神代文字に秘められた謎 は麻賀多神社の境内にあったのです。岡本天明が神がかって日月神示を降ろしたという話があります。日月ときたら必ず合体させることなのです。明るいと書き、天之日津久を合体させ、明るい天と書いて天明となります。岡本天明につながります。

言霊というのは全部つながってくるのです。神代文字が出てくるというところがつながってくるところです。このような視点で見なければ謎は解けないのです。これだけが火事を逃れて残っていました。


1. 神代文字

神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)には、たくさんあります。その種類は次の通りです。

(神代文字とは:漢字伝来以前に古代日本で使用されたと紹介された多様な文字文字様のものの総称です。 江戸時代からその真贋(しんがん:本物と偽物)について議論の対象となっていて、偽作と主張されているものが多いとされています)

阿祖山文字 – アソヤマモジ、『富士宮下文書』の「古代文字」、天名地鎮 – アナイチモジ、阿比留草文字 – アヒルクサモジまたは日文草書、阿比留文字 – アヒルモジまたは日文真字、天越根数文字(あめこしねかずもじ)、阿波文字 – アワモジ、出雲文字 – イヅモモジ、斎部文字 – イムベモジまたは忌部文字、春日文字 – カスガモジまたは『九鬼文書』の神代文字、カタカムナ文字 – カミツモジまたはカタカムナの文字、吉備文字 – キビモジ、クイボク文字、

杵楔文字(きねくさびもじ)、楔文字 – いわゆる楔形文字に似た形の文字、惟足文字 – コレタリモジまたはコレタリ文字、サカリヒミ文字 、竜文字(たつもじ) – 竜体文字ともいう。

種子文字(たねこもじ) – タネマキ文字(イスキリス文字とも言う)、種子草文字 – 「神字日文伝」に登場する文字。中臣氏の祖である天種子命の作と伝わる、

筑紫文字 – ツクシモジまたは古墳の壁画という意見もある。

対馬文字 – ツシマモジまたは対馬卜兆文字、豊国文字 – トヨクニモジ、上記(うえつふみ) – 豊国文字で記された文書、中臣文字 – ナカトミモジ、南朝文字 – 南朝古字または南朝伝神代文字、ヒスミエ文字、ヒタラ文字、ヒフ文字 、北海道異体文字 – アイノモジまたはアイヌ文字、

物部文字 – モノノベモジ、守恒文字 – モリツネモジまたはモリツネ文字、ヲシテ – ホツマモジまたはヲシデ、ヲシテ文献 – ヲシテの用いられる文献、ホツマツタヱ – ヲシテで記された文書、ミカサフミ、フトマニ 、琉球古字 – 琉球で占いに使う。神谷由道が「琉球の古代文字」と発表、わらび文字 など。

漢字以前の日本固有の古い神代における文字なのです。それで書かれた古文書古史古伝、竹下文書、宮下文書、ウエツフミなどたくさんあります。


2. 麻賀多神社

そのような神代文字が新たに発見されました。どこにあったかというと関東の千葉です。空港がある成田に麻賀多神社がいくつかあります(18社)。元々は勾玉(まがたま)神社とも言われていたと言われています。

その中でも重要なのは「公津(こうづ)」と「船形(ふなかた)」の両社で、二社で一体の麻賀多神社です。公津(台方)が、近隣18社の「本社」とされています(船形は「奥の院」)。

その総本山または本宮が、成田の船方という地名のところにあります。この場所は、オカルト好きな人々にとって次元が違う場所らしいのです。ここはパワースポットとして有名な聖地です。


3. 印旛の神代文字

台方の境内にある天之日津久神社でかの岡本天明が神々がかかって日月神示なるものをお筆先で降ろすことになるわけです。

今回は台方ではなく、元々の宮である船方に伝わっていた伝承について、焦点を当ててみます。神職の太田氏に代々伝わっている古文書の中に、なんと神代文書があったのです。

印旛の詩誌に発表されていたものはあったのですがそれ以外にもあったのです。残念なことに古文書を治めていたところが火事になって、大方燃えてしまいました。どうして火事になったのでしょうか。その辺りはとても怪しい臭いがしますが。

ところが幸いにしてその一部が地元の図書館に書誌の編纂のために保管してあったのです。それが図書館に所蔵されていることがわかって、問い合わせしたところ現物があったのです。


豊国系の神代文字

これは豊国系の神代文字で象形文字に近いものです。正確には出雲文字と言います。神代文字は基本的に五十音に対応しています。表を見て行けば読めるのです。神代文字自体に霊力が宿っているとか、秀真文字(ほつまもじ)など書かれている内容は神社の由来だったりします。

初めて発表するもので、円盤のように丸く描いて放射状に神代文字が書かれています。それが神様の名前が書かれているようなのです。

おそらくこれは何かの暦ではないでしょうか。陰陽道で使うものを神代文字で表現しているものなのかもしれません。でも詳しくはわかりません。神道系の神様の由来、呪術的なものは神代文字でなければならないのです。

神代文字で書かれた御朱印帳やお札などを配布している神社もあるようです。麻賀多神社もその一つです。麻ときたら忌部なのです。


麻を使った儀式

大嘗祭を仕切る人々も忌部が麻を使った儀式を行っていました。

千葉は上総下総とあります。これは麻のことなのです。浅草もそうなのです。元々は、麻草だったのでした。徳島県から千葉へ忌部の人々が流れて来て上陸し、暴走の先っぽを安房と言いますが、これはもともと忌部なのです。印旛沼の印旛は忌部なのです。

昔は千葉県は麻だらけだったのです。麻は布だとかにたくさん用いられた有用的な植物でした。

神道祭祀には必須の植物です。煙を吸ってしまうと大麻を吸ったことになってしまうので、現在の法律では禁止されています。

麻賀多神社のたを「多」と書きますが、実は多氏(「多」を氏の名とする氏族。 日本最古の皇別氏族とされる)という一族が古代にいました。

時には太いと書いたりもします。この神社の神職の方は太田さんといます。この方も多氏の子孫です。

古事記を編纂した人は太安万侶です。多氏の仲間は阿蘇神宮の阿蘇氏諏訪大社の諏訪氏、金指氏も多氏なのです。神社の神職に関わっている古い人たちだったのです。鹿島神宮の元鹿島の大生神社、

祭祀の深いところを司っている一族が、麻賀多神社にいるのです。麻賀多神社には船方と大神社がありましたが船方の方が先でした。

これが内宮です。台方のほうが外宮です。本宮大宮みたいな言い方ですが、本宮と外宮の位置付けです。伊勢神宮っぽいところがあります。


岡本天明

その所縁(ゆかり)の神社に岡本天明が神がかって日月神示を降ろしたという話があります。言霊的にもとても面白くて台方の外宮と呼ばれる麻賀多神社の境内にあった天之日津久神社に来た時でした。

天之日津久の神が降りたとされる天之日津久神社の文字を見ると「あまの」のは之、「ひ」は日曜日、「つ」は津波の津、そして「く」は久しいと書きます。

次は、日月神示ですが、日の次は月です。日に月、日月ときたら言霊の暗号の基本ですが、チャート式で理解できます。

日月ときたら必ず合体させることなのです。明るいとさせます。天之日津久を合体させて、明るい天と書いて天明なのです。岡本天明です。そこにつながってくるのです。伊達に天之日津久神社で神がかっていたわけではありませんでした。

言霊というのは全部つながってくるのです。神代文字が出てくるというところがつながってくるところです。このような視点で見なければ謎は解けないのです。これだけが火事を逃れて残っていました。

日月神示のナゾを解く鍵が神代文字にあるのかもしれません。


まとめ

漢字以前の日本固有の古い神代における文字を神代文字

麻賀多神社が18社ある

天之日津久神社でかの岡本天明が神々がかかって日月神示なるものをお筆先で降ろす

神道祭祀には必須の植物が麻


紹介欄

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