三峡ダムに呪われた中国

三峡ダムに呪われた中国

この記事の概要

三峡ダムに呪われた中国が今最悪の洪水に襲われています。大規模な洪水は全国規模です。こうなると食料問題です。国営メディアは、「今年夏の穀物が豊作だ」と報じた様ですが信じられません。古代中国では長江の中下流の豊作は、全国に食料が行き渡るという言い方があります。この地域の穀物生産量が中国の大部分を占めているからです。


最悪の洪水

ここ100年では、最悪の洪水と言われるほどになってしまう可能性がある今年の中国です。長江から洪水警報に加え淮河(わいが)からも2日間にわたり洪水警報が出され、数日後には黄河にまで被害が及びました。
主に4つの河川流域で、中国は構成されています。その4つとは、長江、黄河、淮河そして珠江(しゅこう)です。これら4つの河川流域は、経済発展した地域をカバーしていています。GDPは国の7割も占めています。そのため、人口密度は非常に大きいのです。
この地域の大規模な洪水は全国規模とみなされており、中国全土で問題が起きている状態です。こうなると食料問題です。国営メディアは、「今年夏の穀物が豊作だ」と報じた様ですが、信じられるでしょうか。
古代中国では長江の中下流の豊作は、全国に食料が行き渡るという言い方があります。なぜならば、この地域の穀物生産量が中国の大部分を占めているからです。今回の洪水により、広範囲に被害を受けたにもかかわらず、豊作になったという報道は、非常に疑問です。
古くから中国には、河川問題を抱えています。しかしながら、長江にはありませんでした。長江の平均流量は毎秒3万トンで、黄河の平均流量の15倍もあります。

中共政権後長江の問題が深刻化

中共政権後は、長江の洪水はますます深刻化しました。政権樹立以前は、自然の恵みを生かしていたのです。ところが、共産主義は自然よりも偉大だと勘違いしたのでしょうか。それはあまりにも傲慢です。
長江は水が清く、泥や砂が少ないためか河床が安定しているのです。上流の植物の生育状態が非常に良く土壌浸食の心配がありません。洞庭湖から鄱陽湖(はようこ)までの低い湿地は、大変広く自然の大型貯水池があるのです。
長江の中流域には、洞庭湖から下の鄱陽湖まで多くの大きな湖が点在しています。これらは、古代には大澤または雲霧大澤と呼ばれました。長江の水が溢れるくらい多くなると、これらの大きな湖に流れ込みます。長江の水が少なくなると、大澤の水がゆっくりと流れ出すのです。これは自然の調整貯水池でです。
古代中国では多くの物語がこの大澤に関連していました。ここが祖国の地域で屈原(くつげん)がよく訪れ、雨と霧を見ながら「天問」のような詩を書いたのです。(天問の題意の一つに、屈原は放たれて山野をさまよううち、楚の先王の廟に天地山川の森羅万象を描いた図を見て、それに詩を供えたとしています)
楚国の王は敗北するごとに、大澤に逃げて隠れました。秦王朝の終わりには、劉邦も大澤に逃げ込みました。彼の有名な「白蛇のクビを切る話」は大澤で起こったのです。
劉邦は囚人を咸陽(かんよう)に連れて行った時間に遅れました。当時の法律は大変厳しかったのです。そのため、首を切られるかもしれないと恐れて、囚人を解放し、大澤に逃げ込みました。
ある日のことです。酔っ払った中で、白い蛇を見て剣を抜き一刀両断しました。その後、誰かが彼に白い服の老婆が、「赤い蛇が私の息子を殺した」と泣いていたと伝えました。
劉邦は、それを聞いて大いに自信を持ち大喜びました。彼は後に皇帝になったのです。これはいわゆる劉邦の切蛇蜂起の話です。劉邦は蜂起した当時大澤に隠れていた数千人の逃亡者でした。
大澤に隠れていた理由は、地形が複雑で沼地や湖があり、熱く蚊が多ため、外部の人々は慣れていないため侵入しずらかったのです。南北朝時代では、中央平原から多数の人々が長江流域に移住し、経済は大いに発展し、湖畔の土地を利用して食料を育てていました。
大澤がある土地は水が豊富で大変肥沃でした。しかも気候も暑いので、長江は中国で最も経済的に発展した地域となりました。かつての中国では、最大の淡水湖は洞庭湖でした。1949年から1990年にかけて、洞庭湖の面積の5分の4を縮小しました。洞庭湖は、元の大きさの20%になってしまったのです。食糧のために洞庭湖は埋められて農地として開拓されました。

ダムが建設された理由

湖の埋め立て地が水田になったのです。この農地の収穫量は非常に高くなりました。しかしながら、長江が氾濫すると水を遮るダムが必要になります。
洞庭湖の5分の4は、水田になっています。これらの農地は、主に政府の農地でです。後に地方自治体に引き渡されました。それは、洞庭湖だけではありません。地図を見てみると、湖北省、湖南省、江西省、安徽省には大小さまざまな湖があります。昔から長江の自然の貯水池であった湖でしたが現在は農地で埋め尽くされています。
何と言うことでしょうか。人間の食料だけのことを考えて湖を埋め立て農地にしてしまいました。自然の力を考えない愚かな思想集団です。
最近の洪水では、鄱陽湖が氾濫した鄱陽県ではこ埋め立てられた農地が多いのです。長江で洪水が多すぎて都市が危険にさらされている場合当局はもちろん湖を遮るダムを開いて水を入れ圧力を下げます。
これは「堤防を爆破して放流するという意味だ」とのことです。言い換えれば長江の中下流の洪水は、そのような自然の貯水池、湖湿地の面積の大幅な減少に関連しています。
大澤は消えました。長江の洪水は、上流の貯水池にも関係しています。各地の貯水池は、現地の基準水位を上げることと同じでです。降雨後直接浸透せずに流出し、地元の洪水を形成します。どこでも過剰に開発され山は土壌侵食し、植物もなくその結果洪水が深刻になるのです。
多くの人々の最大の関心ごとは三峡ダムです。中共政府は、三峡ダムに水が浸透し変異があったことを認めました。しかし、「ダムの質に問題はなく何も起こらなかった」と述べています。
中国の専門家は、「三峡ダムは非常に堅固であり、核兵器を恐れていない」と述べていましたが、これはどのデータを使用しているが分かりません。
三峡ダムの用地選定は1950年代に決定されました。中共はダムを建設できるかどうかを判断するために少なくとも3回の地質調査を行いました。最初の2回は何百人もの専門家を動員し最終結果は良くありませんでした。当時専門家たちは環境などのほかの問題に基づいて三峡ダムを否定せず、地質学的条件のために否定しました。
地形や地形学の観点から川が形成される理由は、水に加えて谷も関連します。谷は頻繁に、地下の断層で最も硬度の低い岩や岩層の断層に関連しています。言い換えれば割と固い岩層は山であり割と柔らかい岩層は水に洗われると川の谷になります。これは大きな川の谷が、地質学的に不安定であることを意味します。

三峡ダムの地盤が弱い

実は、長江の三峡地域でも同じことが言えるのです。渓谷の岩や断層帯は、とても複雑です。三峡ダムは重力のダムです。コンクリートの壁を谷に横断させて、川に張ってあるセメント壁がどれほど強くても下の基礎に問題がある場合は機能しません。これが三峡ダムの地盤が軟弱であると言うことです。
三峡の貯水量は、145メートルで約300億トンです。160メートルでさらに約200億トン増えます。このような重い重量は河床の岩に多大な圧力及ぼし河床が変形しダムの基礎が変位する可能性があります。大きなダムは人造地震の原因とも言われています。
したがって三峡ダムの変形と変位について語ることは全く不思議ではありません。有名な精華大学の水利教授である黄万里氏は三峡ダム建設は不可能だといつも言っていました。
黄万里氏は、米国に留学後中国に戻りました。先の対戦中に四川省で水利調査を行いました。四川省の山岳地帯の地質や河川の特性に精通し、地域の地質状況や水文学(地球上の水循環を主な対象)が複雑であることをとてもよく知っているのです。
しかし当局は、彼の助言を聞きませんでした。三峡ダム建設を決行することになりました。黄万里氏はかつては右派と呼ばれていました。彼が三門峡ダムの建設に反対したからです。三門峡は、黄河にあります。陝西省(せんせいしょう)から河南省に入る地域でソビエトの専門家によって設計、建設がされました。
黄万里氏は、三門峡ダム建設に反対しました。三門峡ダムは黄河の洪水を解決するためには、役に立ちませんでした。しかも電気もあまり生成しなかったのです。三門峡貯水池が水を蓄え、渭水流域(いすい:黄河の支流の一つ)の広い範囲が水没されたため、陝西省関中で最も豊かな村が姿を消してしまいました。
渭水流行きは陝西省関中で最も豊かな地域でした。姿を消して貧しい村に変わったのです。蓄積した土砂が多すぎるため、溜まった水を全部放出しなければならず、ダムとしては成り立ちませんでした。
実際には自然に流れる水から電気を生み出している水力発電は水の高低差を利用するため補修して貯水池の水位を上げ水の勢いで発電機を動かし発電する必要があります。
自由式発電とは流入する水の水位をそのまま利用して発電することです。貯水池の水位を上げることと全く異なる三門峡が貯水した後、約3年で土砂で埋め尽くされてしまいました。これは、完全に無駄なプロジェクトだったのです。
黄万里氏はこのプロジェクトに反対したので右派のレッテルを貼られました。しかし、後に彼が正しかったことが証明されました。周恩来は彼に戻るよう頼みましたが、彼はまた重用されませんでした。中共の指示に従わないからです。

毛沢東のビジョンが三峡ダムを建築させた

黄万里氏は常に三峡ダムの建設に反対してきました。三峡の問題は黄河の山門峡谷の問題よりも深刻です。将来的には爆破しなければならないのです。そうしなければ、中華民族に害を及ぼすと考えています。
中共が三峡に貯水池とダムを建設した理由を、黄万里氏は文章に書いています。
中共のトップリーダー毛沢東が1956年に書いたものです。「『水泳曲頭』という詩を忘れられない。毛沢東が武漢の長江で泳いでおり武昌魚を食べた後、長江にある船や亀山、蛇山、武漢長江大橋が建設されていたのを見ていた。そしてダムを建設し巫山(ふざん)の雲霧を切り離し三峡を止め高峡が平湖から出て世界を驚かす」と連想した詩は、とてもロマンチックですが、治国の策略に使ってはいけないのです。
毛沢東のその考えは、実際には中共内で特に左派の間で非常に市場性があります。彼らは人間が天を征服することができ、人類にできないことがないと信じています。
三峡ダムに反対した専門家たちは皆弾圧され、三峡ダムに賛成した人たちは学者となり昇進しました。どこの組織でも同じです。それでロクな組織にならないのです。
共産主義は上司に従う制度です。最後には大きな問題と大災害をきたします。陳雲氏と鄧小平氏は、中国の改革と開拓を統括し彼らは一生毛沢東に反対してきました。毛沢東は彼らを好みませんでした。中共のすべての問題は、「人は天を征服できる」ということにあります。

参考文献:ユーチューブ、#香港大紀元新唐人共同ニュース #ニュース #三峡ダム

【冗談じゃない】最近中国人が関心を寄せるのは、全国的な洪水災害と三峡ダムがはたして維持できるかだ

<https://www.youtube.com/watch?v=BoGzjfFgOJ4>アクセス日:2020年8月17日

まとめ

この地域の大規模な洪水は全国規模とみなされており、中国全土で問題が起きている。

中共政権後は、長江の洪水はますます深刻化したまま。

三峡ダムは重力のダムでコンクリートの壁を谷に横断させ川に張ってあるセメント壁が強くても下の基礎に問題がある場合は機能しない。

ダムを建設し巫山(ふざん)の雲霧を切り離し三峡を止め高峡が平湖から出て世界を驚かす」と連想した


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