聖書はフリーメイソンによってつくられた

聖書はフリーメイソンによってつくられた

この記事の概要

聖書はフリーメイソンによってつくられたのです。欽定訳のジェームズ1世は、フリーメイソンの組織に入会していました。彼は自らの権威を高めるために、イギリス国教会の力を上げることに専念します。そのために、使用する新しい聖書を自ら定めることこそが、権力を最大限に活用できる道だと考えていました。


キリスト教二つの流れ

イエス・キリスを救い主として信仰するキリスト教は、信じる人たちの多くを救ってきた歴史があります。その一方で権力者たちによって、政治利用されてきた歴史という側面も持っています。
キリスト教と考えている宗教には、2つの大きな流れがあります。その一つがカトリックで、ローマ帝国が国教化したキリスト教であり、ローマ教皇を頂点とするものです。カトリックは4世紀初頭のローマ皇帝コンスタンティヌス1世をはじめとしたローマ皇帝らによって政治利用されてきました。
もう一つの流れが、プロテスタントです。プロテスタントとは、1517年以降マルティンルターらによって、腐敗したカトリック教会の改革を求める宗教改革の中で誕生した宗派です。実はプロテスタントにも、コンスタンティヌス同様に、意図的に教義を改変し、現代のキリスト教をつくり上げた人物がいます。それがイングランド王ジェームズ1世です。

イングランド王ジェームズ一世

興味深いのは現代でも使用されているプロテスタント教会の聖書をつくり上げたジェームズ1世は、悪魔学とも称されるデモロジーも発行しているということです。

ジェームズ1世が、キリスト教を改変し、彼を起点に統治していた国がありまし。そして、一族に乗っ取られている深い歴史を探ります。それを紐解くと、ロスチャイルド家に資金提供していたドイツの貴族が見えてきます。
現代における聖書は、英語をはじめ、フランス語、ドイツ語、日本語など世界の様々な言語に訳されています。そもそも、新約聖書はもともとギリシャ語で書かれていたものです。それがラテン語に翻訳され各地で広まったとされています。

ローマカトリック教会が、現在もなお、正式に聖書と定めているのはラテン語で書かれた聖書のみです。それと同様に、多くのプロテスタント教会が、聖書と定めているのが英語で書かれた聖書のみなのです。これは、聖書だけではなく、他のキリスト教派が持つ書物でも、正確な書物と認定しているのは、英語のみです。

要するに、ワンワールドの世界に都合が良いのは、勢力的に英語なのです。「英語が理解できなければ人間にあらず」とまで言われるほど、英語中心の世界になっています。


英語版聖書のルーツ

この英語版聖書のルーツは、どこにあるのでしょうか。それはイギリス国教会にあります。イギリス国教会とは、1534年に当時のイングランド国王ヘンリー8世が発布した法律、首長方によって成立したものです。
この法律によってイギリス国王が、イギリス国教会の唯一の首長とされました。これによって、イギリスの教会は、カトリックの頂点である教皇から分離、独立することになります。
その後、カトリックを復活させる企てがありましたが、ヘンリー8世の次女であるテューダー朝の最後の君主エリザベス一世が発布した統一法によって、イギリス独自の教会体制が確立しました。
テューダー朝は、イングランド王国およびアイルランド王国の王朝。チューダー朝とも。薔薇戦争を勝ち抜き、ヨーク朝を倒して王位を得た。女系を通じてランカスター朝に繋がる。
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当時すでにスコットランド王として即位していたジェーム1世が、イングランドの王に即位することで、イングランドとスコットランド同君連合が成立しました。この出来事は、後のグレートブリテン連合、さらには現代まで続くイギリスの基盤となりました。
ジェームズ1世が、イングランド王に即位したのは、1603年です。彼は、1611年にイギリス国教会の典礼で用いることを理由に、プロテスタント教会が定める 英訳聖書欽定訳聖書を成立させます。
これは、有名な” king James Version”と言われているくらい、王の意向が強く反映されたものです。なぜならば、彼は絶対王政を正当化する「王権神授説」を主張していたことでも知られる王です。
彼は自らの権威を高めるために、イギリス国教会の力を上げることに専念します。そのために、使用する新しい聖書を自ら定めることこそが、権力を最大限に活用できる道だとジェームズ1世は考えていました。

聖書の改編

実際に彼は、新しい聖書に自分にとって都合のいい言葉を選択していったようなのです。例えば、もともと教会を表す言葉は、Congregation(集会・会合)だったのですが、これをイギリス国教会を指すChurchに変えたのはジェームズ一世です。
またマタイによる福音書に「汝殺すことなかれ」とあります。この言葉は、カトリックの聖書ではラテン語とギリシャ語に基づいて忠実に訳されています。欽定訳聖書では、違います。次のように変わっているのです。
「マタイによる福音書」
汝殺すことなかれ
カトリック:thou shalt not kill
欽定訳聖書:thou shalt not murder
ギリシャ語:φονευσεις
カトリックの聖書が、ここでは正確の訳だと言われていますが、なぜジェームズ1世は、この言葉へと変更したのでしょうか。
一説によると、神は、この言葉を禁じているのであって、この言葉は禁じていないという理屈をつくり出すためだと言われています。旧約聖書の創世記におけるノアの方舟の話で代表されるように神は悪を行う者には、皆殺しにしています。正しいものであるノアは救われ、その子孫も正しいことを続ける限り滅ぼさないと言う契約を神と交わしています。
そうすると神は、これを禁じていないという理屈が成立し、さらに恐ろしいことに、神との契約を守らない者は、滅ぼされなければならないという論理が生まれます。
ジェームズ1世が、この変更した背景には、欽定訳聖書を成立させる数年前に発行していたデモノロジーが関係しているのではないかと考えられています。
『デモノロジー』は、1597年にスコットランド王ジェームズ6世によって書かれ、発行された文献で、当時の降霊術と古代の黒魔術における様々な占術の歴史的関係についての考察が記述された哲学論文。この文献は、悪魔学と悪魔がどのようにして人間に危害を加えるかということについての研究や、狼男や吸血鬼などについても扱っている。
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デモノロジーとは1597年にジェームズ1世(スコットランドではジェームズ6世)によって書かれた文献で悪魔学や悪魔がどのようにして人間に危害を加えるのかということについての研究が記述された内容です。イギリスにおける魔女狩りの指南書の役割を果たしていたと言われています。
ジェームズ一世とは、欽定訳聖書という表の世界とデモノロジーという裏の世界の書物を生み出しました。すなわち、陰陽ともいえる両輪でその後のイギリスのキリスト教世界観をつくり出していきました。
ここで重要なのは、宗教の教義はいつも権力者の都合のいいように書き残されていくということです。

フリーメイソンの介入

ジェームス1世が、1601年4月15日にスコットランドで、ある組織に入会していたと言われています。その組織とは、フリーメーソンです。欽定訳聖書をつくり上げるために、ジェームズ1世の重要な協力者がいました。フランシス・ベーコンです。
彼は、哲学者として日本でも有名な人物です。彼もフリーメーソンのメンバーであり、フリーメーソンとも関わりが深いドイツ起源の組織薔薇十字団のトップだったのです。
プロテスタントの英訳聖書欽定訳聖書は、フリーメイソンの意向が、非常に反映されているようなのです。実際に、イギリス国内におけるフリーメーソンのグランドロッジが設立されたのは、1717年です。多くの歴代グランドマスターは、イギリスの王族が務めてきました。
ちなみに現在のグランドマスターは、イギリス女王エリザベス二世の従弟の王族ケント公爵エドワード王子です。
グランドロッジが設立される以前に、既に、フリーメーソンのメンバーだったジェームズ1世とは、一線を画すイギリスの王族たちが歴代のグランドマスターを務めてきたことは、大変興味深いということです。

ヘッセン家の血統

というのも現在のイギリス王族にはジェームズ1世日の血の他に別の国の一族の血も流れているようなのです。その一族とはヘッセン家です。いかにしてヘッセン家がイギリス国内に入ったのでしょうか。
時代はジェームズ1世の子供であるチャールズ1世が王だった頃までさかのぼります。この頃のイギリスは、イギリス国教会の存在と1601年エリザベス1世が設立した東インド会社の存在により国力を増している最中でした。
イギリス国教会のトップは、時のイギリス国王が兼任し、東インド会社もイギリス国王の勅許会社だったため、イギリスの国力は=イギリスの国王の権力という状態でした。
そのような絶対王政を打破すべく立ち上がったのが、オリバー・クロムウェルでした。
オリバー・クロムウェルは、イングランドの政治家、軍人、イングランド共和国初代護国卿。 清教徒革命では鉄騎隊を指揮してエッジヒルの戦いやマーストン・ムーアの戦いで活躍し、ニューモデル軍の副司令官となる。ネイズビーの戦いで国王チャールズ1世をスコットランドに追い、議会派を勝利に導いた。護国卿時代には独裁体制をしいた。
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彼は、1642年から始まるピューリタン革命を起こし国王チャールズ1世を処刑します。これは教科書的にはステュアート朝の絶対王政を倒した市民革命として知られていますが、直接的な王政打破のほかにも、重要ななことをクロムウェルは行っています。
ステュアート朝は、1371年から1714年まで続いたスコットランド起源の王朝。1603年以後はイングランド国王を兼ねて同君連合体制となり、1707年にグレートブリテン王国を成立させた。「ステュアート」は、スコットランド語の宮宰に由来する。メアリー女王のとき綴りをStewartからStuartに改めた。 ウィキペディア
それが1657年の東インド会社の組織改組の実施です。この組織改組によって、これまで国王の勅許会社だったこの組織を株式会社へとシフトします。
これまでイギリス国王のもとにあった東インド会社への権力を、株さえ持てば誰でも扱えるようにしたのです。これによって、誰が得をするのでしょうか。
この後、すんなりイギリスの絶対王政は崩れたのではありません。後に処刑されたチャールズ一世の子供チャールズ二世が、王政復興を成し遂げます。紆余曲折ありましたが、結果的に、ある一族の協力によって絶対王政は崩れることになりました。
その一族とはドイツの貴族ヘッセン家です。実はクロムウェルもヘッセン家の血が流れていたと言われています。実際に彼が革命を起こす際の資金を提供していた一人にユダヤ教の神学者メナセ・ベン・イスラエルという人物がいます。彼の資金の大元は、オラニエ=ナッサウ家というヘッセン家と協力関係にあった一族なのです。
チャールズ二世が、王政復興を果たした後に、弟のジェームズ2世が王位を継ぎます。しかしながら、パリを追放することになる1688年の名誉革命を主導したのは、イギリス議会と手を組んだオラニエ=ナッサウ家でした。名誉革命でジェームズ二世を追放した後、イギリスの国王には、このオラニエ=ナッサウ家のウィリアム3世が即位します。
オラニエ=ナッサウ家は、現在のオランダ王家。元はドイツ西部のライン地方を発祥とする諸侯の家系であるナッサウ家の支流である。ネーデルラント連邦共和国時代には、総督の地位をほとんど独占した。
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ここで本格的にヘッセン家の息がかった王がイギリスで誕生するのです。

イングランド銀行

興味深いのは、この ウイリアム3世が1694年に創設したイングランド銀行です。イングランド銀行とは、中央銀行ですが、現在この中央銀行を支配しているのはロスチャイルド家です。
ロスチャイルド家の初代マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドに資金提供していたのが、ヘッセン家のヴィル・ヘルム一世だったことを踏まえると、ピューリタン革命による絶対王政の打破も、東インド会社の株式会社も、イングランド銀行も、すべて裏には、ヘッセン家がいたことになります。
1714年に即位したジョージ1世は、ハノーヴァー朝の開祖であり、これが現在のウィンザー家と直接つながっていった一族になりました。
ハノーヴァー朝は、1714年から1901年まで続いたイギリスの王朝。ステュアート朝の断絶を受けて、ドイツ北部の領邦君主の家系であったハノーヴァー家からジョージ1世を国王に迎え入れて成立した。
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ジョージ1世もヘッセン家と関わりがあるのでしょうか。実はジョージ1世にはもう一つ名前があります。それが ゲオルク・ルートヴィヒ(Georg Ludwig)です。名前の語感だけでも、彼のルーツは、ドイツにあり血族はヘッセン家にあります。
このジョージ1世の末裔にいるのが、現在のイギリスの王族たちです。確かにフリーメーソンには、ジェームズ1世の血も流れているはずですが、彼にはなかったヘッセン家の血がウィンザー家には流れています。これは見方を変えるとクロムウェルから始まる1642年のピューリタン革命とは、ドイツ貴族ヘッセン家の侵略開始の合図だったのかもしれません。
そしてヘッセン家は、ロスチャイルド家またアダム・ヴァイスハウプトを通じて1776年にイルミナティーを創設させます。
1776年とは、歴史的に見ると北米13植民地が、イギリスから独立したことを宣言するアメリカの独立宣言の年でもあります。当然この独立戦争において、イギリス軍に傭兵を送るなどサポートをしていたのはケッセン家です。結果的に彼らは、アメリカに追い出されていくことになります。
アメリカという国が、初代大統領のジョージ・ワシントンが、象徴するようにフリーメイソンによってつくられた国家です。これは、都市伝説で有名です。アメリカのフリーメイソンに、ケッセン家の影響を残すための目的もイルミナティ創設にはあったのかもしれません。
イルミナティーは創設された後、フリーメーソンへと入り込み影響力を拡大させていったとも言われているからです。

参考文献:YouTube:【都市伝説】フリーメイソンが作った聖典


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