古代からの神社は活断層の上に設置

古代からの神社は活断層の上に設置

この記事の要約

古代からの神社は活断層の上に設置されています。日本列島創世の記録がある古事記を編纂した太安万侶の先祖は多氏にたどり着きます。多氏の拠点は阿蘇から始まり、多氏と所縁のある神社は諏訪大社、鹿島、香取神宮など活断層と関わる場所に建てられています。


地震を抑える要石

日本は地震が多い国です。神社では、地震のたびに祈祷が捧げられているのです。

鹿島神宮、香取神宮、この両方の神宮は要石、鹿島と香取はワンセットで地震を抑えているのです。

東日本大震災では、太平洋側のプレートの地殻がバリバリバリと割れて来ました。三陸沖から、福島、茨城と続いて来たのです。ところが茨城の鹿島あたりでピタリと止まりました。そのような意味でこれは要石効果ではないのかと言われています。


中央構造線

実は、鹿島、香取は、中央構造線にあり境界、大断層のところに当たります。大断層が走っていて、断層に沿って鹿島、香取があるのです。

この断層、中央構造線は、鹿島香取から、諏訪湖に行き、諏訪湖から愛知に入り三重から紀伊半島を縦断して四国に行きます。最終的に宮崎、熊本へ行き着きます。阿蘇の近くで有名な神社は、阿蘇神社です。阿蘇神社は阿蘇氏という古代豪族が祭司を務めてきたのです。

阿蘇氏は祭司系の一族です。もっと遡ると多氏、古事記を書いた太安万侶(おおのやすまろ)が有名です。元々は多い少ないの多を使っていました。


関東における多氏の拠点

鹿島香取の鹿島神宮は、元鹿島というところにあります。そこには大生神社(おおうじんじゃ)というのがあります。ここは関東における多氏の拠点なのです。鹿島神宮は、多氏なのです。

途中諏訪を通ります。諏訪にはもう一つの構造線であるホッサマグナがあります。ホッサマグナの一番西側の境界線、糸魚川静岡構造線が諏訪を通っているのです。


諏訪という場所には

諏訪というのは、中央構造線とホッサマグナが西端でクロスしているのです。その諏訪には諏訪大社があります。

諏訪大社は4つあります。前宮・本宮・春宮・秋宮です。クロスしているのでその十字から見ると4箇所に分かれます。

諏訪大社の下社の方は、祭司一族は、金刺氏です。この金刺氏も多氏なのです。下社の神主金刺家は金刺舎人を祖とし、阿蘇大宮司の阿蘇氏と祖を同じくし、科野国造家(しなののくにのみやつこ・しなのこくぞう)から分かれたものと伝えられます。

中央構造線を西に辿っていくと四国に行きます。四国には元諏訪というところがあります。諏訪大社の元がここだという意味です。そこは、まさに中央構造線上にあり、綺麗に乗っかっているのです。

四国にある諏訪神社:(「(長野県)諏訪大社の“元宮”」と声を挙げている「多祁御奈刀弥神社」(タケミナトミ))


古事記を編纂したのが太安万侶

奈良には、太安万侶を祀っている神社があります。その名も多神社((田原本町) おおじんじゃ)と言います。多神社((田原本町) おおじんじゃ)と鹿島と阿蘇を直線で結ぶとほぼ等距離になります。

真ん中に多神社があります。神社というのは明らかに意図的に配置されているようです。神社は昔からありますがどのように測量したのでしょうか。測量集団なるものがいたのでしょうか。

テクノクラートという昔のフリーメイソンみたいな人々がいたのでしょう。


まとめ

地震を止める要石になっている古代の神社

活断層の上には綺麗に神社が建っている

神社は計画的に建てられていたが、明治以降その考えがなくなってしまった


紹介欄

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