この記事の概要
高市総理の支持率が高いのは国益を考えた政策だからなのです。24年前、満州事変以降の日本の戦争は「セキュリティーのための戦争だった」と田原氏に回答したところ激しく罵倒され、その後の選挙で落選しましたが、その信念は今も変わっていません。自存自衛の戦争だったことは、マッカーサーが証言したことと一致しているのです。
国益を考える高市氏
高市総理大臣が多くの国民から推されているのは、派閥に入らなかったからではありません。高市氏が既然として、常に国益を考えて政策を練りに練ってきたからです。これは高市氏のホームページに書いているブログなどを読めば読むほど、「この方は本当に政策について必死に考えてやってきたんだな」と感じます。
高市氏には、たくさんのエピソードがあります。その中でも一番印象に残っているのは、2002年8月18日、テレ朝の「サンデー・プロジェクト」と言う番組において、MCの田原 総一郎氏が高市氏に対して、次のように質問しました。
「満州事以降の戦争は日本にとって自存自衛(自国の存在を維持し、外敵から自国を守る)の戦争だったと思いますか」と。それに対して、「セキュリティのための戦争だったと思う」と答えました。
それに対して田原氏は突然、「下品で無知な人にバッチをつけて靖国のことを語ってもらいたくない。こういう幼稚な人が下品な言葉で靖国、靖国っと言う。靖国神社に行ったら下品な人間の肉たらしい顔したのが集まっている」と言って急に罵倒したのです。
田原氏の姿勢
北村弁護士によれば、田原氏のジャーナリストとしての姿勢は次の通りです。
田原氏は、ある対談本の中でこのように告白をしています。「ソ連という国があって、 まだその社会主義が大変うまくいってるという宣伝がですね、全世界に広まってる頃 、日本でもソ連ってのはすごい社会主義の国で公平で素晴らしい国なんだ」と。
マスコミの論調、そして文化人の論調が多数を占めていた頃、田原氏はソ連に行ったのです。ソ連で、いろんなところを見て、その時に「あれ、おかしいな」と思ったのです。社会主義国とは、その国の良い事しか見せません。しかも監視がついているのです。
自由に取材なんかさせてもらえません 。そういう中で「あれ本当に社会主義ってうまくいってるんだろうか?」という疑問を持ったのです。疑問を持ったけれども日本に帰ってきて、その疑問を言えるような空気ではありませんでした。だから、ジャーナリストとしてきちんとした報道、言論ができなかった」と言うようなことをおっしゃっていました。
「なんだこの人ジャーナリストでもな何でもないんだ。テレビの中でお金をもらっているただのテレビ屋にすぎないんだ」と。
本当のジャーナリストだったら、「あれソ連って社会主義国で、平等で公平でいい社会ができていると思った。ところが、「違うじゃないか」と疑問を持ったならば、そこを徹底的に調べて、あらゆる角度から取材をすべきなのです。
ソ連が嫌になって出国した人もいるでしょう。ソ連の闇を真剣に調べれば、いくらでも浮かび上がってくるはずです。真剣に調査して真実を伝えるのがジャーナリストです。
「そのような事を一切しなかった」と自分で言っているのですから 。こんな人はもうジャーナリストとして、北村氏は認めていません。これは北村氏の個人的な感想です。
セキュリティーのための戦争だった
この田原氏が高市氏に対して罵倒したのです。その前提として、「満州事以降の戦争は日本にとって自存自衛の戦争だったと思うか」と言う質問があるわけです。
それに対して「セキュリティのための戦争だったと思う」と答えておられます。 おそらく今もこの考えは変わっておらないと思いますが、これは、GHQが東京裁判も報道規制も含めて、あらゆる方向で持って日本が侵略戦争を行って、まるで世界征服を企んだかのように広められています。
そんなことは絶対ないのです。世界征服を企んだとんでもない国であったという教育宣伝を行ったのですが、その宣伝の通りに理解をしていない人は下品で無知な人であるかのように罵倒されたわけです。
宣伝工作を行ったGHQの張本人であったマッカサー氏は、1951年4月に解任されてアメリカに帰国します。アメリカに帰った時に、マッカサーは熱烈な歓迎を受けました。マッカサーの意図としては、「自分が大統領選挙に出馬して、大統領になるんだ」と言う気持ちは、意欲満々でした。
マッカーサーの証言
その時期に、1951年の5月3日アメリカの上院の軍事外交合同委員会に出て証言をしています。その中でこのように述べています。「日本は8000万の人口を抱えていて、しかも狭い国土に、資源も大変少ないという中で資源の供給を断たれれば、1000万人から1200万人の失業者が 出る。そのことを恐れて日本は戦争したんだ」と。
つまり日本が戦争した動機の大部分は、その安全保障上の必要性からであったとを証言したのです。これは、一つの真実を捉えています。マッカーサーは、日本に来た当初は、とんでもない国だと考えていました。
天皇にも会い様々な日本人にも会い、そして日本の歴史も一部垣間見るなどのあらゆる状況を見て、「あ、こういうことだったのか」とマッカーサーは知るに至ったので、「日本が戦争したのは安全保障上の必要性からだ」と証言をしたのです。
これが実はアメリカの正義と真っ向対立します。アメリカからすれば、「日本はとんでもない侵略国家だから、それを叩きつぶしたんだ」と。そのために「アメリカ人の青年の多くが犠牲になったんだ」と言う事なのです。
にも関わらず、まるでアメリカが資源の供給を断って、原油などの輸出を日本に対して禁輸にしたことが戦争の原因だと言ったのと一緒なんのです。この発言がアメリカが悪いと思われてしまいました。そこで、アメリカ国民は怒りました。一気にマッカー氏の大統領選挙、共和党の候補という芽はなくなってしまいました。
しかしながら、このマッカー証言は大変重いのです。それと軌を一にする考え方が、高市氏の「セキュリティのための戦争だったと思う」と言うところは、一連の真実を見事に捉えてるのです。
メディア・教育機関の大きな間違い
戦争に至るには様々な 経緯もあり、様々な動機もあり、様々な面があります。占領軍によって 押し付けられた一つの見方だけを信じて、報道し続ける現在の日本のマスコミ、マスメディアは、とんでもない間違いを犯しています。
それを日本の青少年に教育している日教組(立憲民主党および社会民主党の支持団体の一つ)は、今回の選挙でほとんど支持されていないことが判明しました。特に若者層からの支持が全くありません。
様々な見方がある中で一連の真実をきちんと捉えている高市氏の骨のある政治家、自分がポストを得たいから派閥に入ると言う事をしない発想は信念の政治家であることは確かです。
高市氏が田原総一朗氏に罵倒された後、選挙では落選しています。それだけテレビの影響力は大変大きいのです。しかしながら、「マスコミがこのように言っている」と言う理由で、高市氏は、自分の信念を変える腑抜けの政治家ではないのです。
高市氏は、マスコミが何と言おうが、田原総一朗氏が何と言おうが、「真実はこれなんだ。自分の信念はこれなんだ」と言うことを貫き通して来たのです。そのような人は信用できます。
参考文献:ユーチューブ、【北村晴男】※私も正直驚いてます…日本人は全員今すぐ見てください【田中角栄】
URL<https://www.youtube.com/watch?v=ii3GJr2XF7Y>アクセス日:2026年2月19日
まとめ
高市氏のホームページに書いているブログには、本当に政策について必死に考えていると感じる。
ジャーナリスト田原氏はソ連について真剣に取材をしなかった。本物のジャーナリストだろうか。当時の本当のソ連について暴くべきだった。
満州事以降の戦争は日本にとって自存自衛の戦争であり、セキュリティのための戦争だった。
1951年の5月3日アメリカの上院の軍事外交合同委員会において、マッカーサーは、日本が戦争した動機の大部分は、その安全保障上の必要性からであったとを証言した。
戦争に至るには様々な 経緯がある。占領軍によって 押し付けられた一つの見方だけを信じて、報道し続ける現在の日本のマスコミ、マスメディアは、間違いを犯している。