知識の木の実を食べさせたくない理由

知識の木の実を食べさせたくない理由

この記事の概要

知識の木の実を食べさせたくない理由とは、人々が従順に大人しく生きてほしいからです。アダムとイヴがその知識の木の実を食べてから死ぬ体に変化しましたが、現代の知識の実とはカトリックによって封印されているキリストの本当の教えです。聖書に認められなかった多くの福音書には、キリストの教えがあるのです。


正統的解釈がバチカンだとの理由

愛と平和の象徴バチカンと言われていますが、もすごい血塗られた歴史があります。バチカン教皇庁のローマ教皇には、魔女狩りに見られるように、血生臭い歴史があります。
特にキリスト教の会派には、イエス・キリストの正統的な解釈をずっと持ち続けて信じてる人たちが、カトリック教徒です。それに少しでも外れるようなことを述べたならば、異端であると見なされてしまいます。異端審問会とか魔女狩りだとか審問会にかけられ火あぶりになったりということがありました。
でも果たして、本当にバチカンの神学なり教義がイエス・キリストの説いた教えなのでしょうか。本当にバチカンの教えが、イエス・キリストの教えのままなのでしょうか。その点は、色々議論があるところです。
最近では、ダヴィンチコードの様な小説もありましたが、いったい何故、バチカンはそのような正統的な解釈を頑固に掲げるのでしょうか。
イエスが死んだ後に、様々な解釈が出てきました。そして、様々な教えが増え、教義が確立されていきました。そのなかの一つに、バチカンが否定し続けてきたものがあります。歴史の中で粛清され、異端とされてきた人たちの流れに有名なグノーシスがあります。
新約聖書の福音書には、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの四福音書があります。これら以外にもあるのです。例えば、トマスの福音書、イスカリオテのユダの福音書、さらにはマリアの福音書といろいろな福音書があるのです。

グノーシス

正統な四つの福音書以外の福音書は、ほとんどとかグノーシスと言われるものです。それらには、グノーシスの影響が見られるものです。グノーシスは、ギリシャ語で「知識」を意味します。
それは肉体と霊の二元論をとり、肉体を否定し、魂を解放する極端な思想です。有名な創世記の失楽園の場面にある永遠の園には、永遠の命をもたらす生命の木ともう一つは、禁断の木の実である知識の木、これがよく知恵の木と間違えますが、知識の木があります。
知識の木の実を食べたばかりに人間アダムとイヴは、楽園を追われ寿命が、短くなってしまったのです。それをそそのかしたのが蛇です。この蛇が、サタンであると言われています。
知識とは、神の知識です。人間がその知識を得てはいけないのです。なぜならば、そ知識を手にすることによって神のようになられては困るからです。神の秘密がそこにあるためです。
このことを正統派のカトリックの人たちは、弾圧したり、隠したり、伏せたりしてきました。有名な神学者の方も、「そのような神の知識を持ってはならない、賢くなってはならない、それは良くない」と述べてきました。
神の知識を知らずに従順に生きていけばいいのです。下手に「神は何だ」とか「グノーシス的な知識って何なんだろう」、「命の木って何だろうか」というお話はダメなのです。「そのようなことを探求していたら悪魔にそそのかされてしまう」と教えられます。
そこで、表側で普通に話すと弾圧されてしまうので、隠れて、時には秘密結社を作って、脈々とそのような思想を受け継いできたのです。当時、イエスの時代に、その知識を求めた人々は、エッセネ派と呼ばれていました。エッセネ派は隠遁生活をしていました。また砂漠で修行する一派とその人たちもグノーシスの仲間のようでした。
いわばカトリックと違った教えを継承していて、神の知識を求めようとする流れが脈々と継嗣の中にあり、時にテンプル騎士に、その流れを汲んだ秘密結社フリーメイソンのような秘教団体がグノーシスすなわち神の知識を受け継いで行ったのです。
そのために、秘密の教えが流れているグノーシス派の流れを汲むフリーメイソンをバチカンは破門しました。

サタンの暗号

カトリックとは違った秘教の流れは、フリーメイソンとして、今日も伝わっています。それがサタンの暗号と称され、バチカンがあるのでフリーメイソンが怪しくなっています。バチカンには都合というものがあります。
イエズス会の人たちも、秘教、神の知識について、実は知っているのかもしれません。となると、これまでのスキャンダルがある人と比べると、ローマ教皇フランシスコは評判がいいのです。
今までとは違って、「高級車を乗っていたらいかん。もっと質素な暮らしでいいじゃないか」と非常に評判がいいのですが、教皇フランシスコはイエズス会出身です。ひょっとしたら、バチカンの中には神学とは別なところで、秘教に根付いた何かをやろうとしているのではないかと匂わせているみたいなのです。
実際に、フランシスコになってから、教皇の典礼ミサが悶々と変わってきているのです。それが良いのか悪いのか、色々な見方はあります。

参考文献:YouTube、魔王サタンの暗号 MUTube(ムー チューブ) 2015年6月号 #7
<https://www.youtube.com/watch?v=vuGCllP2-js&list=WL&index=2>アクセス日:2021年10月8日

まとめ

イエスの時代に、神の知識を求めた人々は、エッセネ派と呼ばれていました。慎ましやかな生活をし、真理の探究をしていました。彼らエッセネ派は、隠遁生活をし、修行していましたが、彼らもグノーシスの仲間のようでした。


紹介欄

グノーシス (講談社選書メチエ) 

グノーシスの神話 (講談社学術文庫) 

知識の木の実を食べさせたくない理由
最新情報をチェックしよう!

聖典をかける少女

地球は乗っ取られている。それも、私たちが、神だと信じている存在によって。「聖典をかける少女」によりますと、創世記がどのように、誰によって書かれたか説明されています。「プレアデス+かく語りき」がモチーフになっているようですが、地球は、30万年前に聖書に登場する創造神たちによって乗っ取られていることが理解できます。

CTR IMG