植物は世話してくれる人を守ってくれる

植物の世話をしてくれる人を植物は守っている

この記事の概要

植物の世話をしてくれる人を植物は守っているのです。世話をしてくれる人を植物は知っています。もし家から世話をしてくれる人がいなくなると植物は自分が死に絶えることを理解しています。その植物には摩訶不思議な精霊力がありますから、誰を死なせちゃいけないかを理解しています。つつがなく生きられる様に植物の力が世話してくれる人に働くのです。


木の趣

家に木が一本あるだけでも本当の意味での財産なのです。木が一本あると、どうしても落ち葉が出てきます。そうすると道が汚れてしまうので掃除が大変になります。

でもそんなのは、ほっとけばいいのではないでしょうか。風が持っていってしまいます。落ち葉には落ち葉の風情があります。お金をかけて清掃をする必要もないのです。落ち葉が溜まると、そこを通る人が滑ったりするなのどの問題も生じます。

しかしながら、人間は生きていくには情操(社会的価値をもった感情)や感性といった価値の方が大きいのです。落ち葉がでて、鬱陶しいから木を切ることを選択してしまいます。元々なんで木を植えたんですかと言うことになります。


木を切る危険性

木を切る危険というのはある様な気がします。物凄く綺麗な大木がありました。素晴らしい大木なので指定木にされているのだろうと安心していましたが、ある日木が無くなっていました。

その方は引っ越して来る方なので愛着がなかったのでしょう。東京都も木を木を切る事に対して、昔ほどうるさく言わなくなった気がします。

木を切ることの危険性は、霊的な意味もあります。緑と人間は争っている面があります。東京は、人工物が緑を追いやってしまっています。戦いだとしたら残った緑は人工物と対応する力がなければなりません。

戦争の時に武器がどちらか一方に偏ってしまったら、圧倒的に不利になります。緑と人間は仲良くしている部分もありますが、戦いをしているスレスレの面で、せめぎ合いをしています

神社の森は、「ここの木は切らないよ」という神々、精霊との約束です。「ここの木は切らないよ」という人間と神々の契約なのです。鎮守の森によってその聖域が守られると、「他のところは開拓いたします」と言うスレスレの交渉が、実際に行われているのです。

大都市部では緑はもっと大きな力を持っているはずです。東京都は、何千本もの木を原宿や新宿御苑から切り出す様です。都知事は、自分の出世には関心があっても、緑を守って受け入れられる地にすることには無関心の様です。

発展一辺倒であると、極めて貧しい面を感じざるを得ないのです。人が集まり繁栄している場は、みんな緑があるところです。人が集まるところは自然と一体になっています。原宿には新宿御苑、銀座には日比谷公園など緑が多い場所が近くにあります。

妖精とは緑を育てる霊です。妖精と人間が一体となった発展でなければ危険なのです。中東などは砂漠地帯です。あれだけ荒々しくなるのは緑がないからです。


人は緑を管理する様に神に託された

霊の拠り所となる神籬(ひもろぎ:神道において神社や神棚以外の場所で祭祀を行う場合)に緑がないと荒れてくるのです。緑を大事にし、残してあげれば自然と人が集まり、人間も繁栄するようになっています。

人がそのルールを破り緑を伐採していったならば、一見人が勝つ様に見えますが、最終的にその場所は滅んでいきます。最終的には残っていた種などによって植物が復活し、緑が勝利するのです。

神はまた言われた、「私は全地のおもてにある種を持つすべての草と種のある実を結ぶ全ての木とをあなた方に与える。これはあなた方の食物となるであろう。」

旧約聖書創世記1:29引用


フリーエネルギーで植物を養った

ゴシック様式の建物で1階部分が埋まった様な建物はタルタリヤ様式の建物と言われています。それらは、高度な文明を築き上げていました。

彼らは優れた建物を残し地球から消えてしまいました。文明が一度リセットされた後に、現代の人類が地球に住み始めました。彼らが残していった建物と違って現代人は、あまりにも文明が遅れています。

タルタリヤの人々が残していった建物の多くは、宗教施設や政治の舞台としての国会議事堂、王族の宮殿などに使用されています。タルタリヤの人々は、それらの建物は、宗教、政治、王権で人々を縛るものではなく「フリーエネルギーの発生装置として使用していた」と言われています。

それらの建物にはトイレがありません。例えばベルサイユ宮殿です。大きな吹き抜けがあったりします。それが、エレベータを備えるためだと勘違いしていますが、フリーエネルギーの発生装置としての空間だったのです。暖炉のような場所には煙突がありません。現代人には理解できないフリーエネルギーの流れを作っていたのでしょう。

それらのエネルギーを植物へ与えていました。聖書で示されていうように、人間は、草木を育て管理し、それらを食物として生きていくための庭師として神によって創造されたのです。


一番の開運方は緑を植えること

どんなに高層ビル街であっても、最終的には草木に覆われてしまうほど緑の力は強いのです。緑の無意識の浸透力に、人間は勝つ力がないと思っています。

無事に生きながらえるために、一番の開運法は緑を植えることが考えられます。開運法としてもこれほど理に適った、簡単な方法はないのです。

家の中でも緑に関心のない人が多くいます。関心がある人が一人いれば水遣りをして、その家がなんとか保たれています。緑と人間は争っています。

その家のおばあちゃんは、ただ単に緑が好きで世話をしていますが、これが実はとんでもないほどの安全策なのです。おばあちゃんがいなくなると、緑は世話してくれる人がいなくなり、死に絶えます。このことを植物は誰が世話をしてくれるているのかを分かっています。これは本当のことです。

非科学的と言われますが、実はそうなのです。非科学的です。科学がおかしいからです。だから非科学的でいいのです。


植物は自分を養ってくれている人を知っている

ある方が、しばらくの間留守をするために知り合いに、トマトの実が腐って落ちても仕方ないので、「トマト畑のトマトを食べてください」とお願いして旅行に出かけました。

その方が戻って来て畑に行ってみると、「トマトが怯えている」ことが分かりました。タダで食べられるトマトをむしり取って食べたかどう分かりませんが、「他に関係のない人間が来てむしり取られたと言う事に怯えたのだろう」と帰ってきた時に感じたのです。植物は誰が育ててくれているかを分かっています。

たった一人のおばあちゃんが緑を育て守ってくれていれば、植物はそのことをよく知っています。誰がどうしてくれるかと言うことを、水を催促したりします。

もし家からおばあちゃんがいなくなると、他の人は無関心なので、植物は自分が死に絶えることを理解しています。その植物には摩訶不思議な精霊力がありますから、誰を死なせちゃいけないかを理解しています。

少なくとも、おばあちゃんは持病を抱えながらでも、植物の世話をできるように入院することもなく、つつがなく生きられる様に植物の力が世話してくれる人に働くのです。

緑と人間は、今争っていると思います。全ての人工物を廃にし、真っさらな状態に戻すところに行かないとこの荒廃が決して止まらないのです。

この危険を人間は犯してはならないのです。アニミズムは死んだのでしょうか。死んでいません。アニミズムは永遠だからです。人は人を恐れます。それよりも共に生きようとしている植物を現代人は恐れた方がいいのです。


参考文献:ユーチューブ;「木を切れば東京は衰退する」

URL<https://www.youtube.com/watch?v=rY6DyAOGPpA&t=427s>アクセス日:2022年5月23日


まとめ

人は庭師として神に創造され、植物をよく育て、木の実や野菜などから食物として栄養を得、共存することが幸福に生きながらえる方法。


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地球は乗っ取られている。それも、私たちが、神だと信じている存在によって。「聖典をかける少女」によりますと、創世記がどのように、誰によって書かれたか説明されています。「プレアデス+かく語りき」がモチーフになっているようですが、地球は、30万年前に聖書に登場する創造神たちによって乗っ取られていることが理解できます。

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