この記事の概要
御巣鷹山にJAL123便墜落の真相は、米軍機の核ミサイルによって撃墜され、中性子爆弾の空対空ミサイルだった可能性があるのです。ボーイング社とは、その裏の顔には軍産複合体があり、軍事的な技術を持っているので、御巣鷹山の地域まで追い込まれてしまったのではなく、遠隔操作により操縦されたと考えられます。これからも「言うことを聞かなければ、武力でやるぞ!」と言う指示を出したのです。
故佐宗氏の見解
故佐宗邦皇氏が調べた結果によりますと、「JAL123便の最後は、米軍機の核ミサイルによって撃墜され、中性子爆弾の空対空ミサイルだった可能性がある」とのことです。中性子爆弾である映像が地面に焼き付いているのです。
核ミサイルは、核弾頭を搭載したミサイルのこと。核兵器運搬手段の1つ。多くの場合、誘導装置を持つミサイルだけでは無く、無誘導のロケット弾を分類に含める。『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』最終更新 2022年8月4日 (木) 12:04での最新版を取得。
中性子爆弾は、核兵器の一種。核爆発の際のエネルギー放出において中性子線の割合を高め、生物の殺傷能力を高めたもの。放射線強化弾頭とも呼ばれる。
中性子爆弾は、戦術核兵器として使用後の占領時に市街の建造物やインフラ設備を利用できるようにするために爆発力を縮小させており、主として自軍地上部隊の行動を視野に入れた運用が考えられていた。そのため、弾頭威力も核兵器としては小さく、残留放射能も少量になるように設計されている。
『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』最終更新 2024年8月25日 (日) 12:44での最新版を取得。
空対空ミサイル(英語: air-to-air missile, AAM)は、兵器の1種であり、空中から発射され空中の目標を攻撃するためのミサイルである。『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』最終更新 2024年4月28日 (日) 05:19での最新版を取得。
JAL123便の機体は、ポキンと折れて最終的に後部は、グライダー状態でスゲノ沢まで落ちて行きました。撃墜された時には、空中で確かにきのこ雲が発生したのです。それは、真っ黒いきのこ雲で、いろいろな方向から確認されていました。
事故の直接的原因は「機体後部圧力隔壁の破壊であり、圧力隔壁の後ろにあった集中油圧制御装置と補助エンジン(APU)を破壊し、さらに垂直尾翼のボックスビーム(尾翼に作用する曲げ・ねじり荷重を支える箱型重要構造)を破壊したために垂直尾翼構造のほとんどが失われ(油圧制御配管は4系統あるがそれを集中制御している油圧ユニットが破壊されたため)、舵面制御用の油圧も失われて制御不能に陥った結果、直ちに空中分解することはなかったものの、制御不能で着陸することができずに御巣鷹山に衝突した」と言うのです。
実際は「尾翼に無人標的気が突き刺さった状態」と述べています。自衛隊の標的機が垂直尾翼に衝突したとすれば、機首は標的機の飛んできた方向に振れ、風圧によって外壁が吹き飛ばされ、水平尾翼も崩壊し、さらに空中分解し、地上に墜落してしまうことが予測されます。
尾翼はそれほど破壊されていなかったという目撃者もいます。何か「パーン」とした音が聞こえたというのは、すでに小型爆弾が、尾翼部分かタイヤ部分に仕込まれていて、それほどのダメージを受けない程度だったのかもしません。
相模湾上空で「アンコントロール」操縦不能状態になります。それからずっと横田基地に向かって着陸態勢に入っていました。ところが着陸寸前にその着陸を拒否されたのです。
その指令がどこから来ているかが問題です。中曽根総理から出ていると思われています。それで横田基地への着陸を認められないため、飛行機は御巣鷹山の地域まで追い込まれてしまったのです。
追い込まれたのではなく、これは計画通りだったと考えられます。遠隔操作により操縦されていたことは俄かに信じ難いのですが、ボーイング社とは、その裏の顔には軍産複合体があり、軍事的な技術を持っているのです。不時着を目指すのであれば通常は山には行きません。海を目指すはずです。それができなかったのは、初めから山に向かわせることでした。
その山とは、高天原でなければならなかったと推測できます。日本人は大きく分けて、高天原系日本人と秦氏系日本人がいます。明治維新以降、日本は、秦氏系日本人が日本を動かしています。
明治維新というテロ行為、日清、日露、第一次、第二次世界大戦と何度も続いた大きな戦争、人類初の原爆投下を受けることになった日本。そうなってまでも日本の国体を裏で守ったのも秦氏ですが、国民の犠牲は第二次大戦以降も続いています。
ミサイルを打ち込んだ原因とは何だったのでしょうか。それは基本的に武力で日本を経済的に屈しさせるためでした。「言うことを聞かなければ武力を使うぞ!」ということだったのです。
1985年という年はアメリカがプラザ合意を押し付けるために、世界最大の債権国だった日本が、世界最大の債務国に転じた年でした。プラザ合意とは、1985年9月22日に米ニューヨークのプラザホテルで開催されたG5(先進5カ国)の大蔵大臣(米国は財務長官)と中央銀行総裁による為替レートの安定化に関する合意です。
日本をターゲットにして、日本を屈しさせるには武力を使ったということです。日本航空の飛行機は、ある意味において、日本国民が乗っているのです。
これからも「言うことを聞かなければ、武力でやるぞ!」と言う指示を出したのです。それで翌月の9月の下旬にプラザ合意がありました。
「金」を買わないことを前提にして円高に持っていかれて、日本を経済的を叩いたのです。そのようなシナリオだと思います。
参考文献:YouTube、『 御巣鷹山、JAL123便墜落の真相 』 故佐宗邦皇 氏 2009年8月
URL<https://www.youtube.com/watch?v=Ni4v5Xdt5qg&t=2s>アクセス日:2024年9月7日
まとめ
ミサイルを打ち込んだ原因とは、武力で日本を経済的に屈しさせるため。「言うことを聞かなければ武力を使うぞ!」ということだった。翌月の9月の下旬にプラザ合意があった。